中国で、日本人の不当な拘束が後を絶たない。根拠の曖昧な「スパイ容疑」をかけられるのは、おもに現地駐在員や中国に詳しい学者たちだ。この被害に遭った鈴木英司は、日本政府が危機管理システムを構築しなければ、現在拘束されている邦人や次の被害者を救うことはできないと警鐘を鳴らす。 元・日中青年交流協会理事長の鈴木英司(すずき・ひでじ、66)は2016年に中国当局にスパイ容疑で拘束され、中国の刑務所に6年間、収監された。彼の話では、ある夕食会で中国人学者と北朝鮮に関する雑談をしようとしたのが、ことの発端だった。 鈴木は2022年10月に刑期を終えて日本に帰国してから、中国が恣意的に日本人を拘束していると警鐘を鳴らし続けている。鈴木は2015年以降、同様の容疑で拘束された日本人少なくとも17人のうちの一人だが、自身の経験を世間に公表し、日本政府が同胞の救出に消極的だったと声を上げたのは彼だけだ。 「日本政府の稚拙な対応をつまびらかにすることで、政府に反省を促し、中国で囚われの身となっている同胞を助けるために断固とした行動をとらせるのが目的」だと、彼は力を込める。 2023年3月下旬、中国でアステラス製薬の現地法人幹部の日本人がスパイ容疑で拘束されたことが判明し、中国政府は再び日本政府の姿勢を試している。 中国は日本にとって最大の輸出市場であり、日本の政治家や企業は日本人の拘束に関する言及を避けてきた。だが、新たな拘束が明るみになり、中国国内で事業を展開する日本企業のコミュニティに衝撃が走った。日本政府も、幹部社員の解放を要求する異例の強い対応に出た。林芳正外相は4月2日に訪中した際、この問題に対して抗議した模様だ。 こうした日本側の強い姿勢の背景には、日本が中国への貿易依存度を下げる方法を模索する一方で、中国の影響力の拡大や、主要なサプライチェーン(供給網)における中国の支配的地位に対する懸念の高まりがある。日本の政策立案者は防衛費の増大や、米国をはじめとする同盟諸国との産業政策の緊密な連携など、中国への対抗措置を次々と講じてきた。 それにもかかわらず、今回の邦人拘束に対する日本側の対応は、同様の事態に直面している他国と比べてはるかに手ぬるい。たとえば2018年、カナダで中国の通信大手「ファーウェイ」幹部が逮捕されたことに対する報復として、中国がカナダ人2人をスパイ容疑で逮捕した。現時点での日本の対応は、その際にカナダ政府が示した怒りに近い明確な意思表示とは程遠い。 鈴木の目には、こうした日本政府の姿勢はまたしても期待外れに映る。彼は「私のときと比べればまだましだが、結局あまり変わらない結果になるのではないか」と懸念を示す。 中国による外国人の投獄を数値化するのは難しいが、中国政府がスパイ容疑で拘束した日本人の数は異常なほど多く見える。日中青年交流協会理事長(当時)の鈴木は、1983年に初めて中国を訪問して以降、訪中回数は200回を超えていた。 一連の訪中で、鈴木は多くの中国人学者や官僚トップと親しくなり、前首相の李克強と2回面会しているという。その後、北京の大学で中国に関する講義をおこない、第二次世界大戦後の日中国交正常化に関する本の執筆や翻訳をしている。 だが、中国政府が外国人への警戒を強めるにつれ、中国での交友関係や経歴が、かえって仇となったと彼は話す。中国政府は、中国に関する学術研究を統制する動きを強めており、自分が目を付けられたのもその一環だと鈴木は考えている。それは中国人学者も例外ではない。日本で大学教授を務めていた中国人のうちこれまでに20人近くが帰国後、当局に身柄を拘束された。 鈴木の話では、北京首都国際空港で日本への帰国便に搭乗しようとしていたところを私服の男たちに車に押し込まれ、連行された。その後7ヵ月間を非公式に拘束されて、尋問を受けた。その間は就寝時も部屋の明かりは点けっぱなしにされ、太陽の光を浴びることができたのは7ヵ月でたった一度、わずか15分だけだったという。 彼の裁判は非公開でおこなわれ、罪状読み上げから判決までわずか2日で結審した。一回だけ不服申し立ての機会が与えられたが、棄却された。 鈴木は、「私は無実だ」と訴える。北朝鮮の話題を持ち出そうとした中国人学者との夕食会では、「今の北朝鮮はどうですか」と訊ねたにすぎないと話す。相手の中国人学者の反応は曖昧だった。

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